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ある人が、利休居士に、茶の湯の秘事を尋ねた時に利休は
茶は服のよきように点て、炭は湯の沸くように置き、花は野の花のように活け、さて夏は涼しく冬は暖かに、降らずとも傘の用意、相客に心せよ、刻限は早目に、と答えられました。いわゆる『利休七則』の教えである。

尋ね人が『そのくらいのことなら私もよく存じております』と不服そうに言うと、利休は『それでは、私が今言った通りにして、私を招いてください。走すれば私はあなたの弟子になりましょう』と答えられたということです。

『茶の湯とはただ湯をわかし茶をたててのむはかりなる事としるべし』

世の中には、言うは易く行なうは難いことがたくさんありますが、利休七則の教えもその一つではないでしょうか
七則の一つ一つはいずれも簡潔明瞭なことで、すぐにできそうなことばかりですが、しかし、その根底に、それぞれを正しく実践することは、すべて亭主の心次第であると利休は言外(げんがい)の教えであることを忘れてはならない

和の心、もてなしの心を大切に四季折々皆様にも季節感を味わった趣向を取り入れながら、茶の湯に親しんでいただきたいと思っております。

茶の湯の完成

近世の茶の湯を大成したのは、千利休は現代の茶道緒流の基本を作り上げたものといえます。この利休が完成した茶の湯を理解する為に、利休が活動した安土桃山時代の精神を知る事が必要です。
この時代は、すべてに若々しい活力があふれ、長い中世を通して蓄積された民族的エネルギーが爆発した時代です。

桃山時代といえば、黄金の茶室など絢爛豪華な美術などが真っ先に思い浮かぶが、その対極には、せいひつなたたずまいを見せる黒楽茶碗も、またこの時代を代表する茶の湯の造形です。

時代の権力者たちにも影響を与え、広い書院座敷で高価な名物の道具を用いてなされる富と結びついた茶が生まれた後は、それと対抗するかのように、ひなびた草庵で簡素な道具を使い、間寂の美を求める茶がわび茶とし生まれた。
そのわび茶を極めたのが千利休である。

多岐にわたって、才能を発揮した利休、自分の目で道具を選び、また茶室という空間をしつらえ、美意識で統一された舞台であり、茶の湯のスタイルが確立した。

千利休

 

 

名付け親は天皇!?

茶道の中でももっとも有名な千利休、名付け親はなんと天皇。
本来の姓名のほかにつけられる名を『号』という。学者や文人・画家などが自称する俳号・雅号がそれである。

千利休は名を与四郎といい、茶の湯では宗易といっていた。

利休は居士号である。『居士』は出家しないで仏道修行する男性をいうサンスクリット語が語源です。

天皇からもらった『利休』の号は『名利(めいり)ともに休す』つまり、名誉も利益も超えるという意味で、わび茶の理想を現す言葉だと言われている。

利休は堺の豪商魚屋の長男として生まれ、祖父の千阿弥(せんあみ)の一字『千』をついで千を氏とした。